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「愛と死のアラビア」原作に挑戦 その1 [┣宝塚作品関連本等の紹介]

キャトルレーブでも簡単に購入できる原作本「血と砂-愛と死のアラビア-」なので、お読みになった方も多いと思う。そして、「原作と舞台は全然違う!」と呆然とした方もまた多いだろう。
とはいえ、大半のファンの方は、原作の膨大さに驚いて、読まずに舞台を見ているのではないだろうか?
私もそうなるところだったのだが、優しいファン仲間のTちゃんに原作を貸してもらい、読破した。
今日は、その原作のストーリーを紹介していきたい。

「血と砂(上)」(ローズマリ・サトクリフ)

第1章 エジプトの戦い
1807年4月20日、スコットランド高地78連隊は戦闘前のキャンプ地から物語は始まる。ここで、主人公トマス・キースと友人、ドナルド・マクラウドの出自が語られる。
ドナルドは、ルイス島出身。大柄な金髪の青年で、鼓手と看護兵を兼ねている。(軍医ではない)
トマス
は、エジンバラの出身だが、同じように大柄ではあるものの、ドナルドより華奢な体つき。色黒で黒髪。スペイン系らしい。目は灰色新式のベイカー小銃を支給されるほどの狙撃手。
トマスの祖父は、その主君(チャールズ・エドワード・スチュワート王子)に従ってフランスに渡り、フランス陸軍に奉職、20年後、恩赦で帰国した人。トマスに剣術と射撃とフランス語を教えてくれた。そして射撃に興味を持ったトマスを鉄砲鍛冶のもとに修行にやらせてくれた人でもある。
祖父の死後、トマスの父親は、その農場を売り払うことにしたが、そのことでトマスは、もうこの地にいる必要はないと感じてしまう。そして、軍隊に入る決意をして家出する。
鉄砲鍛冶としての経験が役に立ち、スコットランド高地78連隊の<火器係>の役につく。
そして、南イタリアでナポレオン軍に勝つが、その後、どういうわけか、エジプトに遠征することになった。
マムルークの支援部隊が来ないまま、取り残された78連隊は敗色濃厚となる。そして、トマスは、足に大きな怪我を負ってしまう。

第2章 捕虜
トマスと彼の治療・看護に当たったドナルドはカイロに送られた他の捕虜と引き離され、二人だけで過ごしていた。
ここエジプトは、数年前のナポレオンによるエジプト遠征以来、フランス語を話す者が多く存在した。敵の司令官、アーメドもその一人で、彼のフランス語の問いかけにトマスは無意識ながら応答することができた。
ドナルドは、村にいるアルバニア人負傷者の手当をしていた。そこにメドヘッドという少年兵が担ぎ込まれ、手当してもらうと、志願してドナルドの従僕になってしまった。そしてトマスの傷の手当をするうち、トマスの従僕にもなってしまった。
(芝居冒頭のトマスとドナルドのやり取りはこの辺に出てくる)
ここへ、フランス陸軍のデジュリエ大佐が登場する。フランス砲兵隊の将校で、エジプト太守ムハンマド・アリの軍事顧問という立場は、芝居と同じ。
ここに名前が出てくるアーメド司令官は、芝居には登場しない。なので、原作にある、太守が敵兵を生け捕りにしたものに賞金を出すと言っていたその額以上の金で、アーメドがトマスとドナルドを買った…という設定がズレてしまっている。よく考えれば、オスマン帝国のスルタンがエジプト軍の戦い方に注文をつけ、金を払ったりはしないだろうな、と思う。
とにかく、アーメド司令官は、自らの親衛隊に、軍医とフランス語を話せる狙撃手を買ったということらしい。しかもハンサムな。(ただしお稚児さんには年を食っているのでそっちの心配はないらしい)
それでも捕虜交換の機会に国に帰ろうと思えば、できないことはないだろうとのことだった。
こうして自分の立場がわかったトマスは、まず従僕のメドヘッドを相手に、英語とアルバニア語の相互理解を始める。

第3章 コーラン
トマスとドナルドはカイロに向けて出発させられる。
が、途中でドナルドは下船させられてしまう。
心細く思った所に、デジュリエ大佐が乗船、ドナルドがアーメド司令官の軍医になったことを教えてくれる。
そしてトマス自身はベドウィン騎馬隊と一緒に訓練を受けるのだという。もともと馬が好きだったトマスは、馬に乗れると思っただけで心が騒ぐ。
アスワンまで1000キロの旅は退屈だろうから、と、デジュリエはフランス語訳された「コーラン」を置いて行く。
「聖書」「コーラン」そしてユダヤ教の「トーラー」はそれぞれ各宗教の聖なる書であり、それらを持っている教徒は他の宗教とは一線を画す、だから理解はできるはずだと言いながらも、デジュリエは、キリスト教徒の宗教観と違い、イスラム教徒のそれは生活に密着している、という注意もして去っていく。

第4章 兄弟の絆
アスワンまでの旅の間、トマスは、コーランを2度読み通し、見張り役の兵士を通じてアルバニア語とアラビア語をだいぶ習得していた。
正規軍でないアラブ人の騎兵部隊2つとスーダン人のラクダ部隊1つをザイド・イブン・フセイン隊長が率いている、そこへトマスは派遣された。
そこで、トマスは騎兵としての通常の訓練のほか、幹部育成の訓練も受け、アラビア語のレッスンも受ける。
トマスは瞬く間にアラビア語を習得していく。そんなトマスにザイドは、薬指の長い者は外国語の習得に長けていると言う。(私は、薬指が異様に長いのだが、思い当たるフシはない)
トマスはザイドから太守、ムハンマド・アリについても教えてもらった。
一介のタバコ商から傭兵となり、エジプトの太守にのしあがった人物。アルバニア人なので、祖国から多くの兵を輸入している。なぜならエジプト人の歩兵には規律がなく、トルコ人もマムルークも騎兵しか存在しないから。
そんなザイドも、騎兵部隊の人々も、トマスと仲良くはしてくれるが、礼拝の時には揃って姿を消す。トマスはそれが寂しくなり始めていた。
ある日、第二部隊の馬が盗賊に盗まれた。トマスとザイドが第一部隊とともに盗賊の後を追い、見事に倒して、馬を取り返しただけでなく、彼らの馬も品物も奪い取ってくる。
戦利品のうち、十字軍が持っていたと思われる剣を、トマスはデジュリエ大佐にプレゼントしようと思う。もう一本の剣は雇い主のアーメド司令官に。馬はアブ・サランに。馬が不足しているだろうから。戦利品を分けてくれた従兵のジューバには、銃を。その時、アブ・サランに「贈り物はいいが、勝利の記念に自分も何かを取らないとだめだ」と言われ、ベドウィンの習慣の難しさを思いながら、最後に残ったナイフを手にする。
兵士たちからは、預言者ムハンマドの戦士の器なのに、不信心のために地獄に落ちるのがかわいそうだと言われ始める。

第5章 神はひとり
その頃からトマスは、改宗について考え始める。切り出すと、ザイドは嬉しそうだった。そして、イスラム教徒になれば、トマスなら出世も思いのままだが、キリスト教徒のままだとそうはいかない、というようなことを言う。それでトマスは、逆に、純粋な気持ちだけで改宗できなくなるような気がして悩む。
しかし、砂漠で一人、自然の中で思いをめぐらしているうちに、いかなる宗教(ただしここでは、あくまでもキリスト教とイスラム教の比較)であっても神は同じ神であり、祈る側の人間がそれをそれぞれの名で呼び、それぞれのやりかたで祈っているということに思い至り、改宗とは、神を変えるのではなく、祈る方法を変えるだけだ、との結論に達する。なにより、この砂漠では、イスラム教の方が、自身と神との関わりにふさわしいように思われた。
その後、デジュリエ大佐から、預言者ムハンマドの義理の息子アリ・イブン・タリフの生涯についての本を受け取る。そして、自分が、太守の息子のイブラヒム・パシャの護衛隊長として同行することを知らされる。

第6章 トゥスンとの出会い
トマスは改宗の決意を固め、デジュリエ大佐にそのことを報告する。そして大佐のすすめに従って、スコットランドの父親にそのような報告の手紙を送ることを諦める。
イブラヒム・パシャ背が低くずんぐりとした青年で、澄みきったびっくりするほど青い瞳を持っている。髭も金髪らしい。そして、すぐれた行政官となる能力をもっているこの青年は、ザイド隊長の報告を聞きながら、ザイドがただものではないことを見抜く。
そしてそのザイドとデジュリエ大佐の両方から好かれているトマスという人物に興味を持つ。
一方、トマスは、オスマン・アル・マリクと剣術の訓練をしていた。
そこに声をかけてきた少年がいた。それが太守の二男・トゥスンだった。短躯でずんぐりとした体つき、薄い褐色の髪の毛、そしてどんな女も参りそうな微笑みを見せる少年だった。
トゥスンのそばには、トマスにぶしつけな視線を投げるマムルークの青年がいた。それがアジズだった。アジズはそれまでトゥスンの親友の位置にいたのだ。
しかし、ほどなくトマスはトゥスンの親友の位置を占める。最も親しい友人と手を繋いで歩くという習慣のあるこの土地で、その日のうちにトゥスンはトマスの手を取って歩いた。

第7章 イスラム教徒
トマスのことが気に入ったトゥスンは、アーメド司令官に大金を積んで、トマスを買い取る。
親友に買われたことで、トマスとトゥスンの間にちょっとした軋轢が生じるが、トマスが心を大人にして、トゥスンから貰った剣の対価を払うという故郷の風習を持ち出し、トゥスンに一番安い硬貨を渡すことで表面上解決する。
トマスはカイロに馴染み、太守に謁見を許され、そして改宗する。
改宗に伴う割礼のおかげで3日間発熱したものの、改宗は終わり、トマスはイブラヒム・エフェンディと呼ばれることになる。
そして、太守の妻であり、トゥスンの母上にも謁見することになる。

第8章 後宮の宴
トマスは、トゥスンの母親に謁見をする。
その時、母親のそばにいる少女に気が付くが、女性をしげしげと眺めてはいけないので、それがトゥスンの妹、ナイリだろうと見当をつけながら、それ以上は見なかった。
イブラヒム・パシャは、ザイドの能力を評価したらしく、ザイドがカイロにやってきた。
そして、トマスはザイドとともに、母親の私的な宴に呼ばれた。ここでは、女達はヴェールをしていなかった。
ナイリは、幼い感じのする娘だった。そしてトマスに歌を所望する。
トマスの歌はとてもよかったので、ナイリはもう一度歌わせようとする。そんなナイリをたしなめ、もう一度歌ってくれるようにお願いしてきた太守夫人のためにトマスはもう一曲歌う。
その歌を聴いてナイリの心が動く。

第9章 決闘
トマスはスーダン遠征に際して、トゥスンに同道したい、ということを述べるために太守に謁見する。
そして、これにアジズが抗議して、トマスを侮辱し、決闘になるのは、芝居と同じ。ただし、トマスはキリスト教徒ではないので、ここでは変節者・脱走兵という風に罵倒される。
決闘に際し、トマスはトゥスンに貰った剣を使う。そして、トマスを殺そうとして襲いかかるアジズを倒す。
決闘が終わり、トマスはイブラヒム・パシャ、トゥスンとともに会食をする。その席に兵士がやってきて、トマスに逮捕状が出たことが知らされる。

第10章 死刑の宣告
トマスに死刑が宣告され、太守のところにトゥスンが泣きながら命乞いに来るところは、舞台の通り。
そんな弟を抱き起して、太守の私室から連れ出し、ザイドに引き渡し、自分が戻るまで、イブラヒムの部屋に入れて見張っていてくれるようにと、イブラヒムは頼む。
そして、長々と父上を説得しようとするが、失敗する。
イブラヒムは、とりあえず、眠り薬の入ったワインをトゥスンに差し入れ、今度は母上のところに行く。
そして、父上を動かせるとしたら、母上しかいないと訴える。
母は、父上ではなく、イスタンブールから到着したアッバス長官の心を変えることはできるかもしれない、と言う。そしてトマスにそのことを伝えるように、と言う。
イブラヒムは営倉を訪れ、いくつかのことをトマスに語る。
トゥスンは眠り薬で眠っていること、もし、起きていたら、必ずトマスを救出に現れ、そのためにトマスが即刻殺される可能性があったということ。たまたまアジズの死んだ数時間後に、オスマン帝国の大臣がやってきて、法を厳格に履行しろと要求されたこと。でも、まだトマス救出のために尽力している人がいること。エジプトの法では、あのような決闘では最初の血が流れるまでしか許されない。相手を殺す決闘には別の許可が必要だったのに、それが伝わっていなかったのが悔やまれること。(この説明が舞台でされていたら、理不尽な感じはだいぶ減ったと思う。)
トマスは死刑の方法を聞き、イブラヒムは剣による斬首だと答える。それを聞いてトマスは、自分の国ではそれは名誉の処刑だと答える。
そして、してほしいことはないか、と聞くイブラヒムに、トマスは、ドナルドとメドヘッドの後押しをお願いしたいと答え、コーランを持ってきてほしいとだけ伝える。

長くなるので、続きは後日。


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コメント 8

くろたん

とても分かりやすい文章で自分が今読んでいる様な気になりました。 続きを楽しみにしております!!
やっぱり原作は読んでみた方がよいですね〜
by くろたん (2008-08-18 23:58) 

夜野愉美

くろたんさま
コメントありがとうございます。
原作、ちょっと冗長な部分はありますけど、芝居より数倍面白いです。続きも頑張ります!
by 夜野愉美 (2008-08-19 20:35) 

でるふぃ

夜野さま、ていねいな解説、ありがとうございます。
私も読み直したいな、と思ってました。特に、どこら辺でトマスは改宗したんだろうか、って所。
かなり、早い時期に、ということは覚えていたのだけど、確認できてよかったです。
原作では、ザイドは男っぽいイイ男ですよね~
私は、ほんとに大雑把にしか、読んでないけど、
いろいろ、語るのは、夜野さまの文章が終わってからということにしますね!

by でるふぃ (2008-08-20 21:08) 

夜野愉美

でるふぃさま
コメントありがとうございます。
トマスの改宗は、想像以上に早い時期でしたね。「信心深いキリスト教徒」ではない設定ということもあり、本を読んでいて違和感はありませんでした。
ザイドは本当にいい男ですね。ザイドを祐飛さんで観たい、という声も耳にしましたが、キャラクタは似合っていても位取り的に無理だったのかもしれないですね。
続きも頑張ります。
by 夜野愉美 (2008-08-20 22:46) 

でるふぃ

すみません、日本語まちがえてしまいました~

上の文、 男っぽい → 男らしい  に、訂正させてください。
by でるふぃ (2008-08-21 12:46) 

夜野愉美

でるふぃさま
男性に対して「男っぽい」って言いませんかね。男らしいという意味で…。
私も日本語、自信なくなってきました…
by 夜野愉美 (2008-08-21 21:09) 

でるふぃ

私も、わからなくなっちゃったんです。
男っぽい人、といえば、女の人で、どこかに男の雰囲気を持つ人を言いませんか?
使い方も、変わってきているのかな。
そもそも、・・ぽい、というのが軽い表現なのですよね。

だから、落ち着いた男の香りがするザイドは、やっぱり、「男らしい」ということに、しておきます。
by でるふぃ (2008-08-23 17:04) 

夜野愉美

でるふぃさま
いつも使っている言葉なのに、改めて意味を考えると、なんだか曖昧になってしまいますね。
ザイドは、男らしく、頭もよく、イブラヒムをも認めさせる隊長。芝居のアクセントの為とはいえ、改変はさびしいですね。
by 夜野愉美 (2008-08-24 17:20) 

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