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あれから四半世紀… [┣ヅカネタ]

1995年1月17日、震度7の地震が関西を襲った。家屋の倒壊、そして大火災、多くの方が亡くなり、家を失い、大きな悲劇に日本は包まれた。後に、阪神淡路大震災と呼ばれる。
当時、宝塚大劇場は、花組、安寿ミラ・森奈みはるのサヨナラ公演が上演されていた。月組は、翌月から始まる大劇場公演のお稽古が始まったところだったんじゃないかと思う。ゆうひさんもムラにいて、被災した。(とりあえず、冷静に、コンタクトを手に取ったらしい。)自身の成人の日2日後のことだった。(ちなみに1月8日までDC公演「ル・ミストラル」に出ていたらしい。今も昔もジェンヌは忙しいのね…)
現役タカラジェンヌは、怪我を負った方もいたが、すぐに全員無事と発表され、ファンも安堵した。が、当時のバウホールの支配人の方が、自宅の倒壊で亡くなったと聞いた。大劇場もスプリンクラーが故障して水浸しになったとか。
大劇場公演は、当然、中止が発表され、翌月の月組公演も飛んだ。大劇場が再開されるのは、3月末の星組公演「国境のない地図」から。再開したところで、生活の基盤が元通りになっていない関西圏なので、公演に行けないファンも多い。長く公演の映像化を拒んでいた宝塚が、ビデオ販売に踏み切ったのは、そんな事情があったと聞いた。今、当たり前のように円盤が出ているのは、震災キッカケなのだ。
私は、10月になってようやくムラに行った。花の道の商店街が壊滅していたのは、かなりショックだった。今、セルカがある辺りね。


当時の「歌劇」誌「えと文」や「楽屋日記」などを読むと、まだ10代後半位の下級生に至るまで、命懸けで舞台に取り組んでいるプロなんだな…と思う。公演再開のメドが立たないということで、生徒たちは、避難することになる。実家が遠くにある場合は帰ったり。でも、まだ大きな余震がある時でも、公演再開するから…と招集がかかると、全員がムラに戻る。
私にそんなことができるだろうか[exclamation&question]と、彼女たちのプロ根性を尊敬した。
それは、16年後の東日本大震災の時にも、もう一度感じることになる。


ハンパないってやつですね。普通できひんやんっていうやつですね。
あの時も、今も、私は、タカラジェンヌを尊敬している。命懸けで舞台に立っている彼女たちに幸あれ。


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