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「死と乙女」感想 その8 [┣大空祐飛]

その7はこちらです。 

平和な週末のコテージを騒がせた珍客が、実は、15年前、この家の主婦、ポーリナ(大空祐飛)を拷問した秘密警察の医者だった!ポーリナは、その事実を、弁護士である夫のジェラルドー(豊原功補)にも認めさせ、その男、ミランダ(風間杜夫)を断罪する。
銃を構えたポーリナの絶叫で幕は下りるが、銃が発射されたかどうかはわからない、という構成。

さて、幕が下りる直前までは、上手にポーリナ、下手にミランダという構図だったのが、二人はじりじりと動き、最終的にポーリナが舞台中央の奥側でこちらを向いて、ミランダは客席に背を向けてその少し下手側でポーリナに正対していた。
波の音が大きくなり、銃声ともとれるような大きな波音が聞こえた時、ミランダはスローモーションでのけぞるような姿勢になり、そのまま幕が下りた。
ただ、ポーリナは、銃を構えたままで、その銃に反動が伝わるような動作はなかった。

波音が高まり、一瞬の静寂。
初日はここで芝居が終わったと思った。が、あまりに衝撃的な内容に、拍手をする余裕がなかった。
と、どこからともなく、ジェラルドーの声がした。
客席を見渡すと、すぐそこにタキシード姿の豊原さんが立っていた。
彼は一人で話している。誰かに話しかけられ、応じているという体らしい。
その内容から、これは、前の場から数カ月後、ジェラルドーが無事査問委員会の仕事を終えた後の場面ということがだんだんわかってくる。
彼はひとつのエピソードを語る。
それは、査問委員会の初日のこと。14年間夫を捜し続けている老婦人が、「おかけください」と言われたことに感動して泣きだした話を。
それを聞きながら、この女性は、芝居の最初の頃に、ポーリナが言っていた、「あなたの夫はあなたに飽きてほかの女性とどこかへ行ったのでしょう」と判事に言われた女性なのかしら?と思った。
同じ判事が、今度は、報告書を受け取って、それからどうするのだろうか?
(期待薄…)
しかし、ジェラルドーは、このエピソードを感慨深げに語り、そして、そこから本題に入りそうな雰囲気のところで、ふと、声をあげる。
「ああ、ポーリー、ポーリナ、間にあった」
その視線の先を見ると、シアタークリエの中央少し後ろ側、横通路の真ん中にドレスアップした祐飛さんが立っていた。彼女は、ジェラルドーの姿を認めると、軽く微笑んで通路を歩いてくる。
「また会いましょう、ご老人。私どもにお寄りいただけたら…。妻の作るマルガリータは、髪の毛の先まで逆立ちますよ」
夫の横でアルカイックスマイルを見せるポーリナ。
そこへ、1幕の幕開きに聞こえた、弦楽器のチューニング音が聞こえてくる。
開幕を知らせるブザー。通路で舞台に正対した夫婦に当たったスポットが徐々に絞られ、暗転。
そして幕が上がる。
夜のテラスにあの夜のポーリナと同じ服装の女が座っている。彼女が、白ワインの入ったグラスをゆっくりと傾ける姿を見せて、再び暗転する。今度こそ本当の終演。

祐飛さんと豊原さんは、カーテンコールのため、客席通路から舞台へ上がり、風間さんは下手袖から登場する。
そこから先は、ごく普通のカーテンコールだった。
前場、ポーリナが、「何を失うの?」という絶叫をした後、今回の舞台の演出は、詳細に書かれた戯曲とは、かなり違う演出を試みている。
ドーフマン氏によるオリジナル脚本については、でるふぃさまのブログ(月のお花畑)に詳細が書かれているので、興味のある方は、参照していただきたい。大きな違いは、下りてくるのが幕ではなく鏡だということと、最終章にミランダが本人とも幽霊ともつかぬ形で登場することだ。
そして、最終場面は、コンサート会場という設定になっている。
ジェラルドーとポーリナは、シューベルトの「死と乙女」を聴きにきたのだ。そして、ポーリナは、逃げ出すことなく、その音楽を聴くことができた。しかし、そこにミランダが出てくることで、あのエンディングのその後を想像させる。
はたして、ポーリナはミランダを殺したのか、そうではないのか。

今回の舞台では、ミランダが登場しない。それでも、同じ想像をすることはできる。
ただ、幕が開くと、あの晩のポーリナが出てくることで、違う謎が生まれたような気がする。あれは、どういう意味だったのだろう[exclamation&question]
ポーリナの事件は解決したが、まだ、この地球には、何億人もの別のポーリナがいる、という意味だろうか。

というわけで、この芝居は、「ミランダが、本当にその医者だったのか」「ポーリナは、ミランダを殺したのか」という二つの問題に、具体的な答えを提示せずに終了する。
だから、観客は4通りの答えを思い描くことができる。

  1. 「ミランダは犯人ではなかったが、ポーリナはミランダを殺害した」という救いようのない冤罪エンド[もうやだ~(悲しい顔)]
  2. 「ミランダは犯人だった。そしてポーリナはミランダを殺害した」という勧善懲悪エンド[パンチ]
  3. 「ミランダは犯人ではなく、ポーリナもミランダを殺せなかった」という肩すかしエンド[がく~(落胆した顔)]
  4. 「ミランダは犯人だったが、ポーリナはミランダを殺せなかった」というポーリナ天使エンド[ぴかぴか(新しい)]


まあ、作者はミランダに自白させていないが、状況証拠、秘密の暴露(犯人しか知り得ない秘密を彼が知っていたこと)など、限りなく犯人に近いという示唆は与えている。
だから、まあ、ジェラルドーのような法曹界の人間は、「有罪が確定するまで、推定無罪」と考えるかもしれないが、一般論として、「犯人であるミランダを、被害者のポーリナは殺したのか」という点が一番の論点になるだろう。

これねー、公演中は、「殺したな…」って思ってたんですよ[あせあせ(飛び散る汗)]
でも、こうやって丁寧に芝居を反芻してみると、「たぶん、殺せなかったんじゃないかな」という気になってきた。
そうすると、なんで、公演中は、殺したな…と思ったか、ってことなんですが、大空さん演じるポーリナならやりかねないってところでしょうか[あせあせ(飛び散る汗)]というか、ぶっちゃけ、ミランダはどうでもよくて、もし、彼を殺したら、夫であるジェラルドーは、完璧に後始末してくれそうだな、と思って[爆弾][爆弾][爆弾]それをさせるのが、ポーリナのジェラルドーへの復讐であり、愛とか執着にもなるかなーと、そういう情念を感じて観ていたような気がします。
トークショーでも、「痴話げんかとか、そういうことではない!」とお怒りでしたしね。
でも、こうして舞台が終わって、時間が経ってみると、初めて発砲した時のあの驚きっぷり、そして、10秒待つわ、と言いながら1分以上待つ姿に、この人、優しいんだなと思えてきて。理性でなく、感情で殺せない人なんじゃないかと。
そういう弱さや優しさを利用され、傷ついたポーリナだけど、でも、基本的な人格までは、やはり変えられなかったに違いない、そんな風に今は思っています。
祐飛さんの演技は、この人はこういう人!みたいな単純な色分けじゃなくて、表面は白いけど、内側は赤い炎が燃えているような人…みたいに重層構造になっているから、トップノートとラストノートが全然違うってことがよくあって、それが、祐飛さんから目が離せない理由だと思うし、そういう役に出合えた時に、すごく輝く人だと思う。
公演中は、ポーリナの苦しみが伝わり過ぎて、睡眠不足と全身の凝りに悩まされた日々だったけど、この作品に出られて、ファンとして観劇できて、本当に幸せだったと思う。ありがとうございました[黒ハート]

豊原さんのジェラルドーは、すごく優しくて、すごくポーリナを愛してくれている、素敵なダンナさまでした。
公演中、「殺したな」と思えたのは、この人の事後工作を見てみたい、というアナザーストーリー願望もあったかも。そういう、何かを想像させる俳優さんだなーと。
大先輩の風間さんに食らいついていて、いつか、風間さんと豊原さんのお芝居を見てみたい、という気持ちになった。

そしてミランダ役の風間さん。
前からファンなので、感無量。
舞台では、しょぼくれた初老のおじさんに見えるけど、楽屋から出ていく風間さんは、とてもダンディな紳士でした。そんなところまで役者!
芝居の緩急や、表に出てがーっと主張するところと、他の人を立たせるところとの差が見事で、一瞬たりとも気が抜けないこの芝居を、ずっとものすごい熱量で支えてくださっているなーと感じた。ポーリナとジェラルドーがテラスで会話している時も、ミランダが室内でずっとミランダとして生きてくれているから、奥まった位置での芝居がちゃんと客席に届いたのだと思う。
風間さんの華麗な芸歴に比べれば、宝塚での20年なんて、ほんのわずかなものだと思うけど、そんな祐飛さんの芝居に反応して、こいつーっ!って熱くなってくれた時もあって、それがとても嬉しかった。
(怒らせたんじゃないといいけど…)

1月の「ラヴ・レターズ」の時も思ったが、質の高い緻密な台詞劇って、祐飛さんにとても合っていると思う。
今後も、挑戦していってほしい分野です。
そして、サスペンスも似合うと思った。一度、2時間ドラマの犯人役とか、やってくれないかな[黒ハート]

長い間、お付き合いいただき、ありがとうございました。


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コメント 2

でるふぃ

夜野さま、おつかれさまでした。
おかげでもう一度、あの舞台の記憶をたどることができました。
チリで起った内戦を、その過去をひきずる女性の痛みを
身近に感じさせてくれた祐飛さん。
これからも、チャレンジングなお仕事を続けて、
私たちを楽しく彷徨させてくださることでしょうね。

by でるふぃ (2015-06-07 23:12) 

夜野愉美

でるふぃさま
コメントありがとうございます。
祐飛さんのお仕事は、共演者の方を含めて、とても刺激的で楽しいものばかり、ファンとして幸せだな~と感じます。
刺激的すぎる気もしないでもないですが。
by 夜野愉美 (2015-06-08 00:01) 

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