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「無畏」観劇 [┣演劇]

「無畏」


脚本:古川健
演出:日澤雄介
舞台美術:長田佳代子
美術助手:小島沙月
照明:松本大介(松本デザイン室)
照明オペレーター:工藤夢生
音響:佐久間修一(POCO)
音楽:加藤史崇(POCO)
衣装:藤田友
舞台監督:渡邊歩
演出助手:桒原秀一(JAPAN)
演出部:浦田大地、いまい彩乃
スタンドイン:古瀬大樹、小川哲也(平泳ぎ本店)、須藤瑞己

宣伝美術:R-design
写真:池村隆司
撮影:神之門隆広、与那覇政之、松澤延拓、大竹正悟、遠藤正典
タブレット字幕:G-marc(株式会社イヤホンガイド)
web:ナガヤマドネルケバブ
制作協力:塩田友克、平田愛奈
制作:菅野佐知子


<配役>
陸軍大将 松井石根…林竜三
松井の私設秘書 田村明政…渡邊りょう
陸軍少将 飯沼守…浅井伸治(劇団チョコレートケーキ)
陸軍大佐 武藤章…近藤フク(ペンギンプルペイルハウス)
陸軍中将 柳川平助…原口健太郎(劇団座敷童子)
陸軍中将 中島今朝吾…今里真(ファーザーズコーポレーション)
巣鴨プリズン教誨師 中山勝聖…岡本篤(劇団チョコレートケーキ)
東京裁判日本人弁護士 上室亮一…西尾友樹(劇団チョコレートケーキ)
声…岡本篤(劇団チョコレートケーキ)


劇団チョコレートケーキが、東京芸術劇場のシアターイースト、シアターウエストを同時に使って「戦争」関連作品六作を一挙上演する企画「生き残った子孫たちへ」をこの夏観劇することにした。
今回は、東京裁判でA級戦犯として死刑判決を受けた、陸軍大将・松井石根(いわね)にスポットを当てた「無畏」を観劇した。
観劇日は、「帰還不能点」観劇の一週間後。あの…「帰還不能点」出演者が出てますよ[exclamation&question]両方初演ではないとはいえ、長々セリフしゃべってるんですけど、どうなってるの[exclamation&question]
私の推し劇団も、基本Wキャストで両チーム出演とか、恐ろしい上演形態取ってるけど、世の中には、まだまだ恐ろしい劇団が存在するらしい。


本作は、陸軍大将・松井石根がA級戦犯として処刑されるまでの日々を、巣鴨プリズン教誨師や東京裁判の日本人側弁護士の視点も重ねながら、描いていく。
松井は、南京大虐殺の責任を問われ、極刑を覚悟して巣鴨プリズンにやってきた。
連合国側は、南京大虐殺を、「東洋のアウシュビッツ」の位置付けで弾劾しようとしている。東京裁判は、ニュルンベルク裁判と対をなす裁判であり、同じように戦犯を裁くつもりの連合国側は、関係者の中で唯一存命だった松井を責任者として裁こうとしていた。
これに対し、松井の個人秘書だった田村は、戦前から親中派だった松井が、戦犯として処刑されるのはおかしい、と言い続けている。そして当の松井は、興亜観音に帰依し、既に死を覚悟した状態で、平静な日々を過ごしていた。
南京大虐殺の責めを負うべきは、彼の部下だった陸軍中将の柳川や中島だったかもしれないが、二人とも、戦中、戦後に病死していた。


途中まで、平和を愛する松井が、どうして日中戦争の泥沼にはまっていったか、という、松井に同情的な形で進んでいくが、死を覚悟した松井が、敢えて弁護士の上室を呼んだところで、状況は一転する。
本当に松井に罪はなかったのか。
どうしてそこまで、というほどに、上室は松井の本心に切り込む。
「無畏」とは、何も畏れない、ということで、「死を恐れない」人に、何を言っても、暖簾に腕押しみたいな感じになって虚しい。それでも、さらに上室が押すと、少しずつ、松井の鉄壁の防御が崩れていく。
「自分は何も知らなかった。しかし、すべての責任は自分にある。だから自分は死刑になってもかまわない」
これが松井の論であり、松井は、南京大虐殺について、間接的な責任を負って死刑になろうとしていた。
そんな松井に、「本当にあなたには、直接の責任はないんですか」と、上室は追い込んでいく。松井もまた、そうなることを知っていて、上室を呼んだのだろうと思う。自らの本当の罪を、自分でも気づいていないことがあるのだとしたら、それを知ったうえで死んでいきたいと。
古川健の脚本は、どれも本当によくできていて、歴史上の重大な出来事が、実はそれよりずっと前の、ほんの小さなことを原因にしているのではないか、という問題提起が鮮やかだ。
上室は、南京大虐殺のとっかかりは、「徴発」だったと言う。兵站の到着を待たずに進軍した日本軍は、途中の村で徴発を行った。徴発とは、物資の現地調達であり、軍人が民間人を武器で脅して、物資を奪う。
一度上からの命令で徴発を行った部下たちは、その後、陥落した現地の人々に対して、どうして略奪しないなんてことがあるだろうか。そして、そこに女が一人でいたらどうなるか…。
さらに、中国贔屓の松井大将から、軍紀粛正が下達されていたら…。略奪・強姦の事実を消すために村ごと焼いてしまうことが起きたって、不思議ではない。
それなら、それなら、すべて本当に自分が悪かったのだ…と松井は苦しむ。
さらに上室は、あなたの中国贔屓は、本当に対等な立場としてのものでしたか、という点についても攻め込む。どこかに、下に見る気持ちがなかったですか、と。孫文を尊敬し、蒋介石との交渉に人生を賭けていた松井に、そこまで言う[exclamation&question]と思ったが、それすらも、松井は、思い当たることがあるのか、項垂れる。


観ていて、つらい時間だったが、最後に、上室が松井の住んでいた熱海に行き、興亜観音像を拝む。朝晩、この山に登って祈っていたという松井を思い、70歳近い年齢の松井が、朝晩この山に登っていたことに上室は驚く。そこで、上室は、松井の祈りの強さを思い知ったのだと思う。
よきエピローグだった。
松井石根は、この南京攻略を最後に軍籍を離れ、再び予備役となって、二度と軍務には就かなかった。彼の戦争犯罪は、日中戦争に限定されている。彼の願いも祈りも(彼は本気で大東亜共栄圏を信じていた)、今の時代には、受け入れられるものではない。ちなみに、「無畏」というタイトルは、松井の時世「天地(あやつち)も人もうらみずひとすじに無畏を念じて安らけく逝く」から採られている。


松井役・林竜三諦念からの激しい後悔の姿が、痛々しくて忘れられない。上室役・西尾友樹知的なサディストっぷりがかっこいい。(けっして本物のサディストではありません)そして、教誨師の岡本篤がいい味を出していた。


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