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「円生と志ん生」2 [┣大空ゆうひ]

その1はこちらです。


時は流れ、昭和20年の12月。
大連最大の遊廓街、逢坂町の娼妓置屋「福屋」。


ゆうひさんは一転して置屋の女主人。作中呼ばれてはいないが、戯曲本によると初代さんという名前らしい。
寒いので、綿の入った着物に厚手の色足袋姿。
外は吹雪らしい。初代さんは、火鉢に炭を足している。鉄瓶をどかして、炭を追加して、また鉄瓶を置いて…みたいな所作が、昔の日本女性らしいなぁと感じる。
電灯が微妙に点滅したかと思うと、とうとう消えてしまう。初代さんは、ランプにマッチで火をつけて吊るす。ここまでの無言の所作で、私はすっかり初代さんのファンになってしまった。とても雰囲気のあるステキな女性だが、50代くらいかな。
そこへ、玄関がガラガラと開く音がして、お抱えの娼妓二人が戻ってくる。


戻ってきた二人は、茶箪笥の上の空き缶にお金を入れて、三人でパンパンと柏手を打つ。
終戦前は、大連一の遊廓だった逢坂町だが、ソ連軍に占領された後は、大連市とソ連軍の協定で、市が軍に娼妓を提供しているらしい。軍で配付される札一枚につき30分、それで一日10人の客を取るのが、逢坂町の娼妓たちのノルマになっている。初代さんはそのことに憤慨している。
“世の善良なる婦女子の貞操と純潔を守るための防波堤となるようにですって。ばかにしてますよ、ほんとに”
貞操と純潔は別の概念だったか…ということに、若干目眩をおぼえながら…(超男目線な通達!)つまりは、血気盛んなソ連兵を市を挙げて性接待することによって、彼らが一般家庭の女性たちを襲わないように…という大連市の深謀遠慮である。(実際、この時のソ連兵は満洲の日本人に対して略奪の限りを尽くしていた、という体験談は、子供の頃から聞かされてきた。)
遊廓の筆頭職というから、世が世なら花魁だったかもしれない自慢のお抱え娼妓なのに、一日10人だなんていう立ちんぼ並みの扱いをされて、憤懣やるかたない初代さん。
でも、若い紫さん(太田)や青柳さん(池谷)は、こんな時勢にも順応し、モノになり切ることで日々を過ごしているらしい。
時には、手真似でソ連兵と会話し、武器の話をしただけで30分経過…なんてこともあったり、と明るく語る。青柳さんが、ソ連兵に教えてもらったデグチャレフ(※)という腰だめにして撃てる小機関銃のことを、みんな、これ以降「デグチャなんとか」と呼び続け、誰も本当の名前を覚えようとしないところも、小さなツボだった。
(※デグチャレフというのは、ソ連の銃器設計技師の名前で、ここで言われているのは、彼の設計したDP28軽機関銃もしくはその後継器のことだと思われる。トカレフなんかもそうだけど、銃は設計者の名前が付くことが多いのね[ひらめき]
福屋には、もう一人、初雪さん(前田)という娼妓がいるのだが、まだ帰ってきていない。心配する「おかあさん」(初代さんのことをみんなはそう呼んでいる)に、二人は、初雪さんに岡惚れしている分隊長が、部下の札を取り上げて、初雪さんを長時間拘束しているのだ、と教えてくれる。
初代さんは不安になって、「そういう男が勘ちがいして、まちがいをしでかすんですよ。そのデグチャなんとかで無理心中を図る…」とか言い出す。初代さんは、置屋の女主人として、娼妓たちを管理する立場にあるわりには、どことなく箱入り娘みたいな世間ズレしていないところがあって、そこが魅力的。


初代さんが騒いでいるところに、玄関が開く音がして、円生と志ん生が帰ってくる。実は、二人は、この福屋に居候しながら、大連市内で煙草売りや、富くじ売りをして細々と小銭を貯めていた。そんな合間にも、二人は芸のことで言い争ったりしている。上下(かみしも)の(首の)振りが大きいからテンポが悪いとか、いや、誰が話しているかを明らかにすべきだとか。この辺から、それぞれの落語の方向性の萌芽が感じられたりするのかな…などと思った。


だいぶ経ってから帰ってきた初雪さんは、しつこい分隊長からウォッカの酒瓶とイクラの缶詰をせしめていた。そして、1枚のチラシを手にしている。そこには、二人の師匠を「文化戦犯」として指名手配していることが書かれていた。
二人は日頃、「戦犯になりたい」と言っていたらしい。外地に居ても戦犯認定されれば、官費で日本に強制送還される。それ狙いなのだが、ということは、戦犯として逮捕されても、裁判で死刑になるなんていうことは、あまり想像していなかったのだろうか。
で、戦犯ということは、罪を犯したわけで、二人はそれを「禁演落語を演じた罪」に決まっているという。
禁演落語というのは、昭和16年、時局に慮って(日本人お得意の忖度)落語関係者が53の落語を自主規制してはなし塚に葬った、その53の演目を言う。が、二人はどうやら御禁制を破っていたらしい。
どんな落語が禁演落語なのかと聞かれ、二人は、「居残り佐平次」「子別れ」「つるつる」を例に挙げる。ここで、「佐平次と熊五郎と太鼓持ち一八のマーチ」へ。


「おあしなしで遊び 布団部屋にのこり 朝も昼も夜も 客のためにつくす」


「居残り佐平次」の噺をここまで端的に歌詞にするのはすごいし、曲もピッタリだった。しかし、実はこの曲は、「Wish Me Luck As You Wave Me Goodbye」というイギリスのヒット曲。第二次世界大戦中に発表された曲で、戦意高揚映画の中でも使われたりしていたらしい。
師匠たちと一緒に歌っていた初代さん、途中でメガネをかけて(そういうお年頃なんですね)チラシを丹念に読み始める。そして、歌終わりには、「おかしい、おかしい」と言い出す。というのは、この「戦犯」は、どうやらソ連軍の「政治部」が認定したもの。とすれば、二人は日本に帰れるどころか、「シベリア送り」になるかもしれない。喜んでいる場合じゃない、というわけだ。
急にしょぼんとした二人の師匠、「泣く子も黙るシベリア送り」を歌い出す。


一転してこの曲はなんとベートーベン作曲。すごいな[あせあせ(飛び散る汗)]
歌っている間に、ソ連軍の手入れが始まり、あちこちでデグチャレフがぶっ放されている音がする。
初代さんたちは、「邪魔にはなりませんよ」と、空き缶に入れた収益金も、ウォッカの瓶も、ふぐ雑炊の鍋までも二人に渡して、初代さんのかつてのお抱え仲間が嫁いでいる歯医者さんを紹介してやる。


逃げていく二人を見送りながら、四人の女性が歌う「行方知れずになるソング」。
まさか、15年前、まだ20代だったゆうひさんがショーのパレードで歌った(きりやん⇒ゆうひさん⇒ケロさんの歌い継ぎ)「Where or When」がこんな風に使われるとは…。そして、私がこの曲だということに気づかないとは…[exclamation×2]
(「Where or When」は英語で歌われていて、歌詞を調べたりもしていた思い出の曲だったりして。初めて会ったはずなのに、どこかで会った気がしてならない。でもそれが、いつ・どこで・だったのか、わからない…という歌詞だった気がします。「眠れる森の美女」に出てくる「Once upon a Dream」に似た歌詞だなーと思った記憶が微かに…[ダッシュ(走り出すさま)]


この曲の間に二人はすっかりホームレスな風情に。その後の展開は、「その3」で。


というわけで、「その2」でのゆうひさんは、大連の遊廓街で置屋を営む初代さん。
まず、所作が、なんとも戦前の日本女性だな~[ひらめき]と思った。炭を置いたり、ランプに火を灯したり、その一連の所作が、キレイなのだ。
そして、しっかり者のようで、どこか、お嬢さんな雰囲気があって、どこまでも他人を気遣っていて、途中、志ん生さんが「弁天さまみたいなおひと」と呼ぶが、まさに、弁天様のような女性[ぴかぴか(新しい)]どこで、どう流れてこの道に入ったのかわからないが、それでも日本女性として大切なものを失わず、しかし、時代を見る目はとても正しくて、「わたしたちがこの大連、この満洲にいるということ、それだけでもう、なにかしてしまっている。そういうことだったんですね」と、彼女に言わせているのは、とても正しい選択だと思った。
あとの三人は、お抱えの娼妓。
紫さんは、女学校時代に陸上部だったと語っている。女学校にまで行っていたのに、今は身を売る商売をしている…いったい何があったのかはわからないが、それが、満州の過酷さか。とても素直で、ちょっとお間抜けな感じが可愛い。
青柳さんは、北関東辺りの出身か。訛りが可愛い。包み込むような優しさがあって、円生の上下の間に吸い込まれそうになるとか言ってくれる。
初雪さんは、おきゃんな可愛い女性。ちょっとおっちょこちょいだが、したたかな面も見せる。
三人三様で、ステキなメンバーだった。なにやら、セクシーさに欠けるという意見も男性陣からあったらしいが、娼婦だからセクシーというのは、違うんじゃないかと思うので、私は、この三人のお茶の間感覚溢れる福屋さんが大好きだった。
(娼婦が色気を競うのは、自分を選んでもらうため。いやでも日に10人の客を相手にし、それでも客が引きも切らない状態なら、むしろ色気は影を潜めているハズ。)


<ここから、とりもめもないメモ>
その1…お金もないのに置屋に寝泊まりさせてもらっている二人の師匠。せめて…ということで、お抱えの娼妓相手に毎晩落語を聴かせてくれる。これ、つまり、娼妓なのに、夜は仕事がないという意味。それは当然で、最初の場面でラジオアナウンサーのゆうひさんが「夜間外出禁止令」のことを言っている。
また、そうでなくても、大連には若い男性がいない。(一斉動員で兵隊に取られ、政治部によって一斉にシベリア送りにされている。)
なので、ソ連軍兵士のために娼妓が提供され、そのお金を大連市が支払うというのは、置屋にとっては、神の恵みでもあったかもしれない。
初代さんが憤懣やるかたないのは、この世界には、序列っていうのがあって、筆頭職だろうがなんだろうが、一日10人×30分みたいなノルマになるところ…なのかな、やっぱ。


その2…南山の麓に歯医者さんがいて、その奥さんが初代さんの昔のお抱え仲間だった、というセリフ。その前に、初雪さんが自分を「福助のお抱えですよ」という言い方をしている。所属している、という意味だろうか。つまり、紫さん、青柳さん、初雪さんみたいな関係を「お抱え仲間」と呼んだのか。
初代さんも、昔は、この大連で娼妓をしていたのかなぁ~。どうして、福助の女主人になったのかなぁ~。


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