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祐飛さんの思い出(6) [┣祐飛さんの思い出]

(6)2003年

前年の12月に衝撃の発表があった後、2003年は、中日劇場公演「長い春の果てに/With a Song in my Heart」からスタートした。
前年の本公演とまったく同じ内容の公演。トップコンビとシューマッハ全員出演という豪華な公演だったが、ファンにとっては、これでシューマッハ解体という涙・涙の公演となった。
この中日公演の観劇後、手羽先を食べて飲んでいる時に、星組のドラマシティ「雨に唄えば」と全国ツアー「蝶・恋」の振り分けが発表された記憶がある。あー、ツアー組の2番手はケロさんなんだなぁ~[ひらめき]これは栄転なんだなぁ~[かわいい]と思ったのを覚えている。

一方、月組は、「花の宝塚風土記(春の踊り)/シニョール・ドンファン」で新体制をスタートした。
この公演には、当時の新専科から、汐風幸・彩輝直が出演し、汐風はこの公演を最後に退団を発表した。
組内の体制としては、大和悠河の異動に伴い、霧矢大夢が組内2番手のポジションに就き、ショーの立ち位置、衣装などから、大空祐飛との差は歴然としたものになった。それどころか、祐飛さんは、4年後輩の月船さらら、6年後輩の北翔海莉と同じような衣装で出ることが多く、ファン的には、ある種の覚悟を強いられる公演となった。
ただ、芝居では、作・演出の植田景子先生の理想の男性、スティーブ役を演じ、さり気ない芝居の中に強烈な印象を残している。
衣装担当にデザイナーのコシノヒロコさんが起用され、ちょっとしたスーツなのにおしゃれなスカーフを巻いたり垂らしたり、それがもう似合うのなんの…芸能人じゃなくて、そのマネージャーなのに、こんなに素敵でいいの[exclamation&question]

6月、TCAスペシャルに出演。『ディア・グランド・シアター』出演。関係ないけど、このTCAが、伝説のブラックジャックの影登場だったんだな~[爆弾]

6月末から「花の宝塚風土記(春の踊り)/シニョール・ドンファン」東京公演。この公演の序盤に信じられないことが起きた。
いつも元気いっぱい、伸び盛りの組内二番手、霧矢大夢が、病気休演となった。代役は北翔、そして、秋に予定されていた霧矢のバウホール公演は、月船が代役主演することが決定した。
ファンの執着って怖いなぁ~[爆弾]と思う。きりやんの不在を悲しみ、早く回復してほしいと願う気持ちより、代役とわかっているのに、祐飛さんよりよい衣装を着て、祐飛さんより内側にいるみっちゃんの姿に、将来の月組でのポジションを見せられるようで、つらかった。さららんがバウ単独初主演してしまうことに、危機感を抱いた。
かといって、スター競争にやっきになっているのではなく、そうして4-6年後輩に抜かれたら、たぶん退団してしまう…そのことを一番危惧していた。
特に仲良くしていた先輩スター汐風さんの退団で、祐飛さんも思うところはあるかな…などと考えたりして。

そんなわけで、当時異動したばかりの新会社の事務所開きも近いというのに、「最後のディナーショーなので[exclamation]と言ってお休みをもらい、宝塚に向かったのでした[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)](ディナーショーは、その後、3回やった…[爆弾]

そう、この年の9月、二度目のディナーショー『SPARK!』が開催された。
共演は、紫城るい・音姫すなお・彩那音・龍真咲。最下級生の龍は、研3。当時、祐飛さんは、まさおくんのことをすごく可愛がっていたそうだ。
宝塚でのディナーショーは、友人の電話が繋がり、無事ゲット。東京公演は、宝塚ファンの本社役員さんにお願いして、OG経由でゲットしてもらった席と、前年に知り合ったファンクラブ会員の方に申し込んでもらった席とで、都合2回観劇した。
演出が石田先生だったので、おちゃらけた場面もあり、実は、そんな場面を楽しんでいるような祐飛さんを初めて知った。祐飛さんの魅力は、決して一方向だけじゃない、もっともっといろんな祐飛さんを知りたい!そんな気持ちが湧き上がってきたことを覚えている。

その一方で、各組2番手が主演する…というなぜか明確なビジョンで上演されたこの年のバウホール公演(すべて東上)に、同期の瀬奈じゅん、貴城けいが入っていることで、劇団の方針は確定したんだなーと思ったっけ。

そして、月組トップスター、紫吹淳が退団を発表。最後の作品、『薔薇の封印』は、2003年宝塚大劇場の最終公演。紫吹のダンサーとしての魅力を見せつつ、復帰する霧矢にも無理のないカタチ…ということで、小池先生オリジナルのオムニバス一本もの作品。
4部構成で、第1部の前に、第4部(現代)の一部をプロローグ的につける…という凝った設定で、祐飛さんは、プロローグ・第4部でイベント・プロデューサー、ロバート役、第2部でルイ14世の弟、フィリップ役、第3部でユダヤ人のタンゴ・ダンサー、エミール役、と大活躍だった。
大病からの復帰、ということで、きりやんは第2部と第4部(とプロローグ)だけの出演になり、相対的に祐飛さんの出る場面が増え、1本ものということで、銀橋ソロ場面もあった。
そして、前回の大劇場公演に続きこの公演にも専科から出演し、次期月組トップスターとなる彩輝直に仲良くしてもらっているらしい…と漏れ聞こえ、総合的になんとなく安心したのを覚えている。
この頃になると、東京だけでなくムラの公演もお茶会に合わせて行っていた。またまたファンとして、深いところに入ったことを感じる一年だった。

2003年 『長い春の果てに/With a Song in my Heart』(中日劇場)、『花の宝塚風土記/シニョール・ドンファン』(大劇場→東京)、DS『SPARK!』(宝塚ホテル→第一ホテル東京)『薔薇の封印』(大劇場)5月くらいに千葉の方でトークショーがあり、応募はがきを10枚くらいつぎ込んで見に行ったのは、たしかこの年だったはず…[あせあせ(飛び散る汗)]
それと、DSの後くらいに、宝塚バウホールで『バリアフリーコンサート』に出演していた。ここで、「愛あればこそ」(ベルサイユのばら)と「最後のダンス」(エリザベート)を歌ってくれたのが、嬉しかったなぁ~[揺れるハート]

<追加>
部屋を掃除していたら、霧矢の休演に伴う代役の書かれた紙が見つかった。記念にアップしておきたい。

霧矢休演代役.jpg


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